ヘルスツーリズムは過疎地域の医療を支える力になり得るか
これまで3回のコラムでは、訪問看護、遠隔医療、予防・見守りなど、地域の中で医療や暮らしを支える取り組みについてお伝えしてきました。
今回は少し視点を変え、地域の外から訪れる人とのつながりが、地域の持続可能性にどのような影響を与え得るのかを考えます。テーマは、私たちが呉市で取り組んでいるヘルスツーリズムです。
ヘルスツーリズムとは
ヘルスツーリズムにはさまざまな定義がありますが、一般的には、旅行や地域での体験を通じて、健康の維持・増進について考えるきっかけをつくる取り組みを指します。
温泉、自然の中での運動、地域の食、休養、住民との交流など、地域ごとの資源を生かした多様なプログラムが考えられます。ただし、旅行に参加すれば特定の病気が改善するというものではありません。医学的な効果をうたう場合には、内容に応じた科学的根拠や適切な評価が必要です。
呉市には、瀬戸内海の島々をはじめ、坂のある町並み、柑橘類などの食、サイクリングを楽しめる環境といった地域資源があります。こうした環境は観光の魅力であると同時に、日常を離れて自分の心身や暮らし方を見つめ直す場所にもなり得ます。
私たちは、呉市ならではの自然や暮らしに触れてもらいながら、健康や地域での生活について考える機会をつくることに取り組んでいます。
地域との継続的な関わりを生む「関係人口」
ヘルスツーリズムを考えるうえで、重要な視点の一つが「関係人口」です。
関係人口とは、地域に移り住む「定住人口」や、観光などで地域を訪れる「交流人口」とは異なり、特定の地域と継続的かつ多様な形で関わる人を表す考え方です。
人口が減少している地域にとって、移住者を短期間で大幅に増やすことは容易ではありません。一方で、地域を繰り返し訪れたり、住民との交流を続けたり、地域の活動や仕事に関わったりする人とのつながりを少しずつ育てることは可能です。
国でも2016年度ごろから関係人口に関する検討が進められ、2018年度には自治体による関係人口の創出・拡大を支援するモデル事業が始まりました。現在では、移住だけに頼らず地域を支える人との関係を築く考え方として、各地で取り組みが行われています。
ただし、地域を一度訪れただけで関係人口になるわけではありません。訪問後も交流や参加が続く仕組みをつくることが重要です。
ヘルスツーリズムと地域医療の接点
ヘルスツーリズムが、過疎地域における医師や看護師の不足を直接解決するわけではありません。医療人材の確保には、地域での教育・研修、働きやすい環境の整備、キャリア形成への支援、地域出身者の採用など、複数の対策が必要です。
それでも、ヘルスツーリズムによって地域を知る人が増え、継続的な交流が生まれることには、間接的な可能性があります。
地域を訪れた人が、その土地の暮らしや課題に関心を持ち、再訪や地域活動への参加につながることがあります。その中から、将来的に地域で働くことや暮らすことを検討する人が現れる可能性もあります。
また、宿泊、飲食、移動、体験プログラムなどへの支出が地域内で生まれれば、地域経済に一定の効果をもたらす可能性があります。ただし、それが医療・介護人材の定着や地域医療の維持にどの程度つながるかは、今後検証していく必要があります。
ヘルスツーリズムは、地域医療を直接提供する仕組みではなく、地域への関心と継続的なつながりを育てる入り口の一つとして捉えるのが適切だと考えています。
訪問看護・予防・見守りとの接点
ヘルスツーリズムで呉市を訪れた人が、地域の魅力を楽しむだけでなく、そこで暮らす人々の生活や、地域が抱えている課題について知る機会を持つことができれば、単発の観光とは異なる関わりが生まれるかもしれません。
私たちが取り組んでいる訪問看護、STARTWELL、コミュニティランチなども、それぞれ方法は異なりますが、人と人との関係をつくり、地域で安心して暮らし続けるための環境を整えることを目指しています。
ただし、地域を訪れる人が増えることと、医療や福祉の見守り体制が充実することは同じではありません。専門職や住民による見守りには、役割分担、情報共有、個人情報への配慮、緊急時の対応など、適切な仕組みが必要です。
そのため、ヘルスツーリズムに期待するのは、訪問者に直接的な見守りを担ってもらうことではありません。まずは地域を知り、住民と交流し、地域への関心を持ち続けてもらうことです。その関係が続く中で、地域活動への参加や専門性を生かした協力など、新しい関わり方が生まれる可能性があります。
効果を確かめながら取り組む
ヘルスツーリズムを地域の持続可能性につなげるためには、期待を語るだけでなく、取り組みの結果を確かめることも大切です。
参加者数だけでなく、再訪した人の割合、地域との交流が続いている人の数、地域活動への参加、地域内での消費、移住や就業につながった事例などを継続的に記録する必要があります。
健康づくりを目的とする場合には、参加者の満足度だけでなく、行動や意識の変化を適切な方法で確認することも求められます。こうした結果を積み重ねることで、ヘルスツーリズムが地域にどのような価値をもたらすのかを、より具体的に説明できるようになります。
おわりに
訪問看護、遠隔医療、予防・見守りは、地域の医療や暮らしを直接支える取り組みです。一方、ヘルスツーリズムは、地域の外にいる人が呉市を知り、継続的に関わるきっかけをつくる、より間接的な取り組みです。
両者は同じ役割を担うものではありません。しかし、地域医療を医療従事者だけの課題にせず、暮らし、仕事、交流、地域経済などを含めて考えるという点では共通しています。
ヘルスツーリズムが、呉市内の過疎地域における医療や暮らしをどこまで支える力になり得るのかは、これからの実践と検証にかかっています。訪れた人との関係を一度きりで終わらせず、地域との継続的なつながりへ育てていくことが、私たちの次の課題です。
次回からは、こうした取り組みの具体的な事例と、そこから見えてきた成果や課題をご紹介していきます。
