Column

過疎地医療が抱える課題、訪問看護や遠隔医療の可能性、DX、地域活動がもたらす変化について、広島県呉市の現場から得た知見をもとに発信するコラムです。地域医療の「これから」を考えるヒントをお届けします。

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なぜASEANは、瀬戸内海の小島に答えを求めたのか

今年6月3日〜4日、フィリピンで開催された「ASEAN High-Level Meeting on Unlocking the Silver Economy(シルバーエコノミーの活性化に関するASEANハイレベル会合)」に参加しました。あれから3か月半。9月のいま、あの2日間を落ち着いて振り返ってみると、当日は見えていなかったことがいくつも整理できてきました。

会合は、ASEAN加盟国政府、国連機関(UNFPA・ESCAP)、アジア開発銀行などの政策立案者・国際機関・民間企業が一堂に会する場です。私たちは、人口減少と高齢化が進む広島県・大崎下島での訪問看護・予防医療・コミュニティ活動を組み合わせた実践を、ケーススタディとして発表しました。

瀬戸内海に浮かぶ人口の少ない島の取り組みに、なぜASEANの政策立案者たちが耳を傾けてくれたのか。振り返ってみると、その起点は会合そのものではなく、約2年前に受賞した「アジア健康長寿イノベーション賞」にありました。会場で感じたことと、そこに至るまでの歩みをたどりながら、あらためて考えてみます。

あの会場で感じた「共通する課題」

ASEAN諸国といえば「若くて勢いがある」というイメージが強いかもしれません。しかし現場では、必ず訪れる未来としての「高齢化」が、想像以上に強く意識されていました。

議論の随所で耳にしたのが「Aging in Place(住み慣れた地域で暮らし続ける)」という言葉です。これが彼らの目指す重要な価値観であり、私たちの発表が予想を超える共感を呼んだ理由は、次の点にあったと考えています。

島という共通の地域特性

私たちの拠点は、広島県呉市の島嶼部・大崎下島です。人口は約1,400人、地区によっては高齢化率が約70%に達する過疎の島でした。ASEAN諸国にも多くの島々を抱える国が少なくなく、私たちの実践は決して「他人事」ではありませんでした。

共通する3つの限界と問い

島で暮らしていると、次の3つの限界に必ず直面します。

  • 医療・介護資源の圧倒的な制約
  • 地域コミュニティの分断リスク
  • 交通インフラの限界

これらは、ASEANの島や地方でもそのまま当てはまる課題です。複数の参加者から、直接「うちの国でも同じ課題がある」「どう解決しているのか」「島に行ってみたい」といった反応をいただきました。大崎下島という「日本の高齢社会の縮図」を選んだ直感は間違っていなかったと、当日はそう確信しました。

振り返ると、すべては2024年の受賞から始まっていた

この反応は、会場で突然生まれたものではありません。時間をさかのぼると、ASEANとの間には、一つの賞をきっかけに少しずつ積み重ねてきた接点がありました。

2024年10月 アジア健康長寿イノベーション賞を受賞

アジア健康長寿イノベーション賞は、日本政府の「アジア健康構想」の一環として、2020年に日本国際交流センター(JCIE)と、ジャカルタに本部を置く東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)が創設した表彰事業です。高齢化による様々な課題の解決につながる革新的なプログラム、サービス、製品、政策を募集・表彰し、アジア地域内で優れた知見を共有することを目的としています。

2024年、第4回の同賞で、私たちNurse and Craftの「まちを再生する訪問看護」(英語名:Home Nursing to Regenerate the Town)が、テクノロジー&イノベーション部門を受賞しました。同年10月にその発表をしています。第4回はアジア12か国・地域から応募があり、授賞式は2025年1月31日にバンコクで開催されました。

評価していただいたのは、島の暮らしを支える次のような取り組みです。

  • IoTを活用した高齢者向けヘルスケアサービス
  • 医療・介護従事者を対象としたヘルスツーリズム
  • 訪問看護における遠隔医療の推進
  • 健康教室やコミュニティランチを通じた社会的交流の機会づくり

私たちの事業は、訪問看護サービス、高齢者向けヘルスケアサービス「STARTWELL」、ヘルスツーリズムの3本柱で成り立っています。医療・介護サービスの不足と地域コミュニティの崩壊という、島の現実に向き合うなかで生まれたモデルです。

この受賞は、私たちの実践が「日本の島の話」にとどまらず、アジア共通の課題に対する一つの答えとして見てもらえる可能性を示してくれました。

2025年8月 マニラで講演

受賞から約1年後の2025年8月、フィリピン・マニラで開催された「Metro Manila Business Conference 2025」で講演の機会をいただきました。参加者は400〜500名。現地で新たなつながりが生まれ、「チャンスはすぐに行動を起こす者にしか訪れない」ということを実感した訪比でした。

フィリピンの経済発展は著しい一方で、都市部と地方の格差が広がっているという印象があります。成長のただ中にある国にも、すでに「取り残されるかもしれない地域」が生まれつつある。この視点は、その後の会合での議論ともつながっていきました。

2026年3月 アジアの受賞者が大崎下島へ

受賞から約1年半後の3月9日〜13日、JCIEとERIAにより、第4回アジア健康長寿イノベーション賞の大賞受賞者のためのスタディツアーが実施されました。フィリピンとタイの受賞者が来日し、地域コミュニティと連動した高齢者支援、デジタル活用による健康づくり、人材育成といった、アジア共通の課題に対する実践知を相互に共有する5日間です。この賞では大賞受賞者向けに、日本の高齢者支援の政策・制度・実践を学ぶツアーが行われており、今回はそのなかで私たちの島が一つの訪問先になりました。

参加されたのは、若者が高齢者支援に主体的に関わる「ゴー・バイク・プロジェクト」を通じた活動で知られ、現在はバガロン市の最年少市議会議員を務めるエドレン・メヒア・ラニージョさん(フィリピン)と、チェンマイ大学理学部化学科の准教授で、感染症研究と生涯教育プラットフォームの開発に取り組むナッティー・スリーさん(タイ)です。

前半の広島編では、東広島の社会福祉法人ゆずの施設を見学したのち、大崎下島へ。ウェルカムパーティーに続いて、翌日は私たちの活動を説明し、月1回開催しているコミュニティランチに一緒に参加していただきました。デコポン狩りを体験し、さらに広島県内外のヘルスケア企業(鞆の浦・さくらホーム、訪問看護ステーションAioi、ミライのO-MU-TSUプロジェクト、ムツー株式会社)にもお集まりいただいてワークショップを開催しました。3日目には呉市長への表敬訪問も行っています。

資料や発表だけでは伝わらないものが、島には確かにあります。同じ食卓を囲み、言葉を交わし、島の空気を体感していただけたことが、その後の対話の質を大きく変えたと感じています。

東京でも「実践知」を共有

後半の東京編は、朝8時からの朝食会形式のビジネス・ラウンドテーブルで始まりました。JCIEシニアフェローの武見敬三先生や経済界の皆さまを前に、私たちは予防的ヘルスケア×見守り「STARTWELL」を中心に、とびしま海道でのユーザーストーリーや愛媛県での取り組み、今後の展開を紹介しました。最初は緊張感で静まり返っていた会場が、プレゼンが進むにつれて柔らかな雰囲気に変わり、予防医療の大切さや社会とのつながりの維持が共通の課題であることを実感できました。帰り際には武見先生からお褒めの言葉も直接いただきました。

最終日には、公開放送を兼ねた報告会でパネルディスカッションにも登壇しました。その中でいただいた「受賞がどんな影響を及ぼしましたか?」という質問については、多くの方にお伝えしたいので、ここでも触れておきます。

いわゆる僻地と呼ばれる環境での取り組みは、外部からの情報が少なく、人間関係の難しさもあります。自分たちの活動が本当に社会にとって意味のあるものなのか、迷いや不安を抱えながら歩んできたスタッフもいたはずです。地域のおばあちゃんたちにとっても、自分たちが暮らすこの島での営みが、アジアという広い舞台で評価されるなど想像もしていなかったことでしょう。それでも、受賞者や運営の皆さまが実際に島まで足を運んでくださったことで、これまでの時間が確かに世界とつながったと感じられました。「この場所からでも社会に価値を届けることができる」。この確かな実感が、これからの挑戦を支える大きな原動力になっています。

6月の会合で「島に行ってみたい」と言っていただけたことと、2024年の受賞以降の出会いとの間に、どこまで直接のつながりがあるのかは分かりません。それでも、賞をきっかけにアジアの人々と顔を合わせ、実際に島まで来てくださった方々がいたことが、私たちの実践に「現実味」を与えてくれたのではないか。いま振り返って、私はそう受け止めています。

成長局面か撤退局面か

同じ高齢化に向き合うにしても、ASEANと日本では置かれた状況が大きく異なります。

ASEAN諸国
成長期待の真っ只中にあり、高齢化は拡大のための投資として捉えられています。

現在の日本
人口減少という撤退局面にあり、優先順位の絞り込みとリソース配分が重要になります。

しかも、時間の余裕はアジアのほうが少ないかもしれません。JCIEによれば、日本は「高齢化社会」から「高齢社会」への移行に24年を要しましたが、アジアの多くの国では、それより短い期間での移行が見込まれています。先に高齢化を経験した日本の試行錯誤が、これほど求められる理由の一つでしょう。

人口が減っていく中での舵取りは、心理的にもリソース的にもタフな闘いです。しかし、この「撤退戦」の中で見出す解決策こそが、次の世代や世界が最も必要とするノウハウになるのではないか。会合から時間がたった今も、その思いは変わりません。泥臭い試行錯誤には、世界から求められる確かな価値があります。だからこそASEANは、高齢化の課題で一足先を行く日本の、それも最前線ともいえる小さな島に、答えのヒントを探しに来てくれたのではないでしょうか。

日本はいまだ、自分たちの価値に気づいていない

日本国内では、少子高齢化や社会保障費の増大など、ネガティブな側面ばかりが強調されがちです。しかし視点を外に向けると、景色は一変します。

現場で積み重ねてきた知見、一つひとつの実践、そして「失敗の記録」すらも、アジア太平洋地域の国々にとっては計り知れない価値があります。にもかかわらず、日本はそれが「売れる」ことに気づいていません。

3月の東京で面談したGlobal Coalition on Aging(GCOA)は、世界中の主要な企業や政策立案者、専門家を巻き込みながら、「高齢化は社会の負担ではなく、経済成長やイノベーションの原動力である」という視点で活動している国際的なビジネス団体です。世界ではすでに、高齢化を「機会」と捉える流れが始まっています。

一方、日本国内では、シニア世代向けの新しい経済圏である「シルバーエコノミー」への本格的な挑戦はまだ少なく、多くの高齢者向けビジネスは公的な介護保険に結び付けられがちです。しかし、公的介護保険制度は日本だけの仕組みです。商品やサービスを「介護保険ナイズ」してしまうと、マーケットは日本だけに留まってしまいます。

アジアにおけるシルバーエコノミーの成長を取り込むためには、「制度ビジネスから離れる必要がある」。これが私の持論です。

さいごに

6月の会合では、発表だけでなくブース出展の機会もいただきました。STARTWELLをたいへん気に入ってくださったフィリピン人の女性が、「自分の両親に使ってみたい」と言ってくれました。

料金についても確認してみると、返ってきたのは「安い」というはっきりとした一言。日本では多くの方から「高い」と言われ続けてきたので、価値観の差に驚きました。この一言は、3か月以上たった今でも印象に残っています。

日本の課題は、「罹ってからの治療」に頼りすぎることだけではありません。「国に言われて受ける健診(2次予防)」から、「自発的に生活習慣を整える(1次予防)」へ。個人の意識をどうシフトさせるかが問われています。

2024年の受賞、2025年8月のマニラ、2026年3月の大崎下島、そして6月のASEAN会合。点だった出会いが、少しずつ線になってきました。会合を終えた今も、私たちの拠点は変わらず大崎下島の現場にあります。この経験を持ち帰り、これからもこの島で挑戦し、失敗し、学び、そして価値を発信し続けます。